2003/9月号

 諺は一例としていろいろな動植物等を例えにして、いましめや教えを伝える短歌であるが、蕎麦に関するものにも枚挙にいとまがない。

 新島 繁氏の“蕎麦辞典”によれば、同意語のことで地方によって多少の違いがあるにしても180余句もある。それだけ蕎麦は人々の生活に密着していたことが想像できる。
蕎麦の諺はゆっくり、後の頁に記すとして、諺について考えてみよう。

広辞苑には諺(ことわざ)
 @神が人にいわせて吉凶などをお諭しになる詞。
 A昔からいいならわしたことば。教訓。諷刺などの意を呈した短歌や秀句。
とある。講談社の日本語大辞典も同意が記されている。

蕎麦の諺をいくつか紹介すると
 イ.蕎麦は七十五日で鎌を持っていけ・・・・・岩手
 ロ.蕎麦食ったら腹あぶれ
 ハ.蕎麦の高出来は大雪のもと
と、健康に関すること、農作業のタイミング等栽培などの忠告めいた例が多くある。

 折角の機会である。諺について考察を進めてみたい。諺とはどの様に作られて後世に伝わっていったのであろうか。生活をしていく上に欠かせない注意事項や、処世術などを四季折々の人々の周囲の森羅満象の現象を動植物等に例えたり、判りやすい言葉を作っていったのではないか。小学館「日本語大辞典」によれば、諺とは 俚諺(りげん)、俗諺(いずれも俗世間の諺)ともいい、古くは「たえごと」と呼んでいた。
 教訓的なものは、格言・金言とも言われている。諺の語義は言(こと)技(わざ)にあり、一つの言語芸術であった。諺は七の機能によって@攻撃的諺 A経験的 B教訓的諺 C遊戯的諺 の四つに大別されるという。そばの諺の前述されるこの三句は イ、ハ は経験的それであり、ロ は病にかからぬ為の教訓的なものとに分類される。
 人々は生活の中に忠告や、教訓的な継承を与えてくれる“ことわざ”格言を日常的な会話の中に聞いてきた。又、これらの成句、短句とボキャブラリーに含める話とは味のあるものである。
 このような“ことわざ”“格言”は洋の東西を問わず、世界各国共通に存在し、文明の交流と共に自国の諺と一緒になってしまう位。そしてその諺も世界の営み、神話伝説からのもの、民話や物語、詩歌や聖書からの出典もある。


世界の諺
 古くはイソップ物語の中にある沢山の寓話(ぐうわ)がある。ことわざとは云わないが、ユーモアと機智にあふれ楽しい話しの形式で教訓を目的とした物語、前6世紀ギリシャの奴隷イソップが動物を擬人化して人間社会を諷刺した話は私達も子供の頃に読んだり、聞かされた。“狐と葡萄”は代表的な話・・・・・人は力のなさを時期のせいにする。
聖書にも教訓的諺(格言)が数多くある。
もともと神との約束ごと(契約)を記し人々に教えることを目的とした書で、当然であるが
 ・マタイ福音書十一章十六節に“笛吹けども踊らず”
 ・豚に真珠、マタイ福音書四章四節
 ・ゆけよ、さらば開かれん
等ときりのない話しである。


シェイクスピア
シェイクスピアの戯曲の中にも有名なものが沢山ある。4大悲劇といわれる、ハムレット・リヤ王・マクベス・オセロ、そしてロミオとジュリエット等の傍白は格言にちりばめられているといってもいい。
代表的なもの
 To Be, or Not TO Be, That is a question.
 あるべき、あるべきでないか、それが問題だ。
ハムレットの第三章第一場の独白の冒頭に出てくる余りにも有名な句である。この句は世界中で会話の中に使い続けられている。
 Is man no more than this?・・・・・・中略・・・・・・such a poor, have forked animal.
 人間とはたったこんなものか・・・・哀れな素裸の二本足の動物にすぎぬのか。
とリヤ王が震えながら放浪して叫ぶセリフである。
 その後ギリシャ神話の中にもあり、ドイツ(特に多い)フランス・ロシアなど各国にある“転じて中国に移ろう”この国は文字も早く発達し最古の歴史書四書五経 他を有し、故事・成語・諺は満天の星の如くである。
四文字熟語の中にも我々の馴染みのものも多くある。ここではいくつか紹介するにとどめる。
 ・塞翁(さいおう)が馬→福も禍となり、禍も福となることがあって人間社会のことはすべて定めのない
  ことの例文。
  (淮 南子(え なんじ)・人間訓)
 ・千里の行も一歩より始まる→言葉通りで「老いる」の中に九層の台よりも累土より起こり、千里の行
  も足下より始まるとある。


新島 繁先生の蕎麦辞典を整理すると
 @自然現象に関するもの
  ・秋蕎麦、楮(こうぞ)の長く伸びる年は大雪
  ・蕎麦の高出来大雪のもと→収穫の多い時大雪は偶然性で根拠がないという。
  ・秋蕎麦の花が咲き始めると百舌(もず)がでてくる。→百舌が丁度野に現れる季節である。

 A農作物の時期・方法を教えるもの
  ・秋蕎麦の花盛りに赤蜂の巣をとれ(長野伊那)
   蜂の子は花が終わると成虫になって食用にならぬという。
  ・秋蕎麦は土用三日をかけて蒔け(福島 大沼郡)
   土用明けの2日くらい前8/5頃に蒔け
  ・栗は土用内、蕎麦は彼岸内(鹿児島)
   この時期であれば収穫時、霜に逢わぬ。
   蕎麦は秋分の日(9/22、23日頃)を中心とした7日間位
  ・朝より夕まで日の当たる所は、石・少なし
   陽の終日当たる所は成長が良いが、石高(収穫)が少ないということ-霜下収穫-
  ・すばるまんとぎ粉八合(長野・静岡・山口)
  ・すばる満月蕎麦八合
  ・すまるの添乗粉八合(山口)
  ・すわり満時粉八合(奈良県・生駒)

 昴星(おうし座)が南中することを太陽の正午、すなわち午後に例え、すばるが天中する季節に蕎麦を蒔けば一升の蕎麦から粉が八合も獲れるという。即ち土用をすぎて1日頃が適期であること。星を観て農作業をしたことである。 
  ・蕎麦植えは白露の前後
   白露は二十四節期の一つ。秋分前の15日。

 B健康に関すること
  ・朝とろ夕そば・・・・・朝はとろろ汁、夕食はそば
  ・蕎麦切りは中風の毒・・・・・悪いのではなく、食べすぎの戒
  ・蕎麦切りは中風の薬(静岡・愛媛)
  ・蕎麦切りは高血圧を下げる(宮城・山梨・徳島)
  ・蕎麦をくったら腹あぶれ
  ・そばを食ったら蕎麦湯のめ・・・・・そばを沢山食べると冷えるという。食後風呂に入れともいう。
   温める意では蕎麦湯がよい。

 C食べ方と作り方
  ・蕎麦とお化けはこわいもの
  (蕎麦はかために茹でろ)
  ・蕎麦は三分(東京)
   蕎麦のつゆは辛口であるので三分つけて食べると風味、香りを味わえる。
  ・一鉢、二延ばし、三包丁
   手打ちそばの要諦。揉み方三年、作り方三日と作る修行が必要とする意。

 D風刺的なもの
  ・紺屋のあさって、蕎麦屋の只今
  ・親馬庵チャンリン、蕎麦屋の風鈴
   明示10年頃、おやまかちゃんりん節が流行になぞらえて、夜売りそばの風鈴のことを口遊びした。
   寅さんの口上みたいなものか。
  ・饂鉢蕎麦より嬶(かかあ)のそば
   女房のそばにいるのが一番気楽でよいという戯言。
辞典にはまだまだ沢山あり、一応この辺で筆を置く。
ことわざ、格言は先人達から伝承された処世上や日々の生活の智恵のエキスであったり、口遊び、事象の比喩であったり、味わい深いものである。
 蕎麦が播種され、花が咲いて成長し、実から粉を採って、そばにされて我々の口に入るまでいろいろな過程を経ている。
 いつ蕎麦を蒔こうかなと思っている農家の人々の願いや、白い花の咲く畑の景色、たぎったお湯の前で蕎麦をゆがいている蕎麦屋さんの姿、釜揚げ後の新そばを美味しそうにすすっている夫婦の幸せなお顔、等など想い浮かべながらこの稿を終わります。



 

【参考文献】

 *広辞苑
 *日本語大辞典 講談社
 *蕎麦辞典 新島 繁著 食品出版社
 *世界の故事・名言・ことわざ 自由国民社
 *故事・成語・熟語の知識 小川 尭平著 S.26年 三省堂
 *シェイクスピアの名セリフ 100 安西 徹雄著 丸善ライブラリー



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