2003/8月号

 我が家にはささやかなざるそばを盛る竹の器がある。妻が30年程前、都内のある荒物店で買い求めたものである。竹の欅板を井桁に組み真中に竹軸を三本わたして上に竹すだれを置いてそばを盛るだけのものである。

 四季折々に我が家の食卓を賑わしてきた。家族数の少なくなった現在でも、年老いた母と妻と私の3人が時々“ざるそば” “ざるうどん”を楽しむ。器そのものはたいしたものではないが陶器類にない、そば(食物)と器とのしっくりさと落ち着きがあると思う。

 今、私達が“そば屋”でお目にかかれるのもセイロのざるが中心であろう。その他の竹器もあるが、青竹及び晒竹の盛り蕎麦の器である。残念ながら昨今は樹脂系の竹すだれの“ザル”であることが多い。上野の蕎麦屋で本物の竹ザルに盛ってある蕎麦の味を時々思い出す。尤も竹器は食器としては、陶磁器、漆器に比して少ないが、日本の食文化を考えるとき、竹の器具、道具類は省くわけにはいかない。竹の清楚さ、軽便さ、柔軟さなどが蕎麦屋さんの台所で大活躍をしてきたに違いない。現に我々市井の庶民の台所でもそうであったし、古来から日本の農・漁業の中で、台所で竹器はなくてはならないものであった。

 昭和も30年代に入ってくると、身近なところからも竹の道具はどんどんその名を消し始めた。現代やっと工芸品などの中で利用されている、扇子、傘、茶道具、提灯、床の間の花器入れ等にみられるにすぎなくなった。

竹器の歴史と種類

【歴史】
 竹は東南アジアを中心に植生し、縄文時代から利用されてきた。竹は腐朽してしまう為、出土品からは余り発見されないが、竹に漆を塗った籃胎漆器、籠類が縄文後記置跡から発見されている。弥生式時代の登呂遺跡からもモジリ編の竹籠が出土しているという。

 更に時代が進み、飛鳥・奈良時代、法隆寺や正倉院からタケ製の厨子、華籠等の精巧な道具類がある。この時代、中国大陸と僧侶達を中心とした交流があって、諸文化が飛躍的に発展し竹工芸も大きく進歩したのであろう。

 室町後期には千利休の『茶』の世界が広がり、竹工芸が茶道の中で大発展を遂げる。

 江戸時代中期になり中国より薩摩藩に孟宗竹が渡来し、竹工品は全国津々浦々に利用されるようになる。現存する中世の生活の様子が判る絵巻物にも沢山の竹工品具が画かれており、人々の生活の中の必需品であることが判る。

竹の種類と産地
【種類】

 孟宗竹・・・18世紀、中国より渡来。高さ10〜20米となる大竹。たけのこの代表格で
        4月頃出て食用される。竹工品は多岐に亘る。

        昔はたけのこの皮を食品包装紙に使った。

 真竹(マダケ・別名 ニガダケ)・・・北海道を除く各地で植栽。竹製品の用途は広い。
        マダケは表皮部が微密で弾力性に富み、建築材(垂木・窓格子・棚吊り等)に
        用いられ、稈の根元から先端部にかけて細い率が低く、節目が長く美しい。
        高さ5〜15米。弾力性が最も求められるのは弓で、弓にマダケは欠かせない。
        正しく竹の王者である。中国原産というが日本自生説もある。


 ハチク(クレタケ・カラタチ)・・・マダケより小型。高さ10m 直径3〜10cm 花器、茶筅等。

 その他、ホテイチク・クロチク・トウチク・ナリヒラダケ・ヤダケ(弓矢用)・スホウチクなど
 多種に及ぶ。



竹製品の生産地

 竹の生産量が正確には判り難いが、竹は寒冷の地に育ちにくく、北海道には根曲竹類のほかはなく、青森から南下するに従って多くなり、京阪より四国、九州が多いといわれる。必ずしも産地=加工地ではないが、有名なものを別にすると
 ・九州→別府 景行天皇時代から淡竹の産地として発展してきた。

 ・京都
 ・有馬→籠細工
 ・奈良・高山→茶筅
 ・駿河国府中→竹籠
 ・佐渡
 ・尾張国丹羽郡
 ・鹿児島

 その他人の集まる江戸・大阪でも職人が大勢集まって、各種細工物加工が盛んになる。そして日本全国いたる所で竹製品が使われるようになる。更に茶道の如き芸の中で茶筅、華器、籃胎の籠等の芸術品類も盛んになる。更に岐阜地方に於いては傘・提灯も産し、職人達の少なくなった現在では貴重なものになっている。

 竹製品は前述の如く孟宗竹、真竹、淡竹が主流の材料であるが、不充分な乾燥では痛みも早いので加工される前処理として熱湯でゆでて、天日でよく乾燥されたものが丈夫で長持ちする。これを晒竹という。伐採したての青竹、囲炉裏の天井で燻した煤竹等もある。煤竹等は建材として利用される。煤をかぶった長期にわたる天然加工は乾燥もよく防虫効果を発揮するし、煙の浸透した黒褐色や鉛色竹は貴重なもので、現代では珍品である。

 昔、江戸の京橋に竹問屋が軒を連ねたという。遠く房州や、上野の国から海路・水路を経て運ばれた真竹、孟宗の竹が多く商われていたという。京橋の竹河岸は民間の竹材の集散地であったが、幕府は別に専用の竹蔵を本所に持っていたという。今の国技館、江戸東京博物館辺りと記録にある。(大江戸、リサイクル事情)
江戸の町はこの竹を大いに活用したものである。

竹のアラカルト

@ 香港や上海に旅をした方ならご存知と思うが、林立する高層ビルの間に建築中のビルや、修理中のビルの足場がすべて竹製であることに驚かれたことと思う。
鉄パイプと違って不揃いだが軽くて丈夫で見かけより頑丈であるという。
これは後進性というより、竹材にも恵まれた見事な竹の文化である。
(大江戸リサイクル事情)
A









食べ物としての竹

地下茎の食べ物の王者はタケノコであろう。3〜6月頃になると新タケが出まわり始めワカメと一緒に炊き込まれたタケノコ料理は絶品である。竹の名産地京都で味わうのも格別である。これは孟宗であるが鹿児島地方に「デミョウ、コサン、カラ、モソ」という連語があってタケノコの美味しい順番を表している。デミョウはカンザンチク、コサンはホテイチク、カラはカラダケ、つまりハチクのことである。モソは孟宗竹のことで第4位となっているが、量は最大である。 
それぞれに特徴のある味があるが、春の風味物として私達日系人に好まれる代表的食物で勿論、そば料理の前菜として供し一献傾けることの幸せを感ずるものである。
B











竹に関する漢字

いにしえの時代から“竹”は人々の生活になくてはならぬ生活材料で竹のつく文字も沢山あって、親しみ使用されてきた。その代表的なものをいくつか紹介すると
・生活道具(食料に関するもの)
笊(ザル) 箍(タガ) 筍(タケノコ) 箕(ミ) 箸(ハシ) 籠(カゴ) 羅(み)
・日常生活及び住居に関するもの
竿(サオ) 笠(カサ) 筆(フデ) 箒(ホウキ) 箱(ハコ) 篩(フルイ) 築(キヅク) 筏(イカダ)
・楽器、茶器
笛(フエ) 筝(コト) 笙(シヨウ) 筅(セン)
博友社の漢和辞典には213文字収録されている。
 蕎麦に話しを戻すと、蕎麦を食する器も時代と共に代ってきている。江戸時代の蕎麦発展期から昭和の始めの位まで、陶器・漆器・竹器をTPOに応じて使用されていたが、殊に竹器はその姿を消していっている。ザル・椀にしても合成樹脂類が多い。
 竹は水切りもよく保水性もあって、しかも軽く清楚な美しさを備えており、竹の淡緑が白(黒)の蕎麦に添えられた薬味(ネギ等)との色相コントラストは何とも言えない。

 何もかもが昔がよいというわけではないが、かつての日本は食生活は、農・漁・林葉共、木や竹の器具類のお世話になってきた歴史がある。これは天然材であり、地球環境に優しかった。人類が永遠に幸せになる為に正しい豊かな食生活をし、使用する原材料を大事にし、その取扱いを粗雑にしないようにするのが現代人の努めである。

 そんな時代、蕎麦食は質実で健康的な食べ物ではないかと改めて思う次第です。

【参考文献】

*広辞苑 岩波書店
*新修漢和大辞典 博友社
日本の工芸 5 竹工 淡交社刊 飯塚氏、鈴木氏
*「竹」への招待 内村悦三著 研成社

大江戸リサイクル事情 石川英輔 講談社
曲物・箍物(たがもの) 成旧寿一郎著 現工学社
*台所道具いまむかし 小泉和子 平凡社


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