2003/7月号

 私共の2つのコーナーは“蕎麦”並びに“蕎麦食”を通してそれらを取り巻く蕎麦食文化の様々な考察を続けていきたいと考えています。従って、蕎麦食に関する、薬味類、砂糖、醤油などについても触れて参りましたが、毒を食わば皿までもではありませんが、美味しいそばを食べたらその皿(器)までもと、食事形態の中の“器”について考えてみたい。
 そもそも人類が集合して家族や、部落を形成し、火をおこして食物を食べるようになってくる。日本でも石器時代を経て、縄文時代、弥生時代〜そして古代と呼ばれる古墳時代へとつながってくる。縄文、弥生は発掘された土器の形から名付けられた時代呼称で、遺跡から出土した土器が縄模様であり、東京都文京区弥生町で発見された簡単な模様の土器を弥生土器という。
 この時代は鉄器、石器の併用の時代でもあるが、人々の食器は簡単な“かわらげ”を使い、或いは木の葉(ほおの木、栃の木、柏の木等)、竹の子の皮、葉ランも、そして竹器、木器、(漆器−別項にて)を使っていたのだろう。
 蕎麦を食べるとき、陶磁器の蕎麦猪口、ざるそばのせいろ、わんこ蕎麦の木椀等があるが、今項は陶磁器に焦点を当てて習ってみたい。
 時代を追いながら器を整理すると
  • 新石器時代→10000年以前
  • 縄文時代→10000年〜BC0 稲作農耕、簡単な土器、縄文土器、弥生。
  • 弥生時代→BC0〜AD300年 
  • 古墳時代→AD300〜600年 ※土器、木器が発見されている。
    ※土師器(はじき)と言い、弥生土器の製法を継承。一般的には古墳、奈良、平安時代の土器のこと。
  • 奈良時代→AD700〜800年 土磁器、唐物が入る。三彩陶器作られる。
  • 平安時代→AD800〜1200年 土磁器、無袖薬、備前、常滑の硬質の物が作られる。
  • 鎌倉時代→AD1200〜1400年 美濃、瀬戸窯の地に加賀、伊賀、丹波等、全国各地に無袖の窯が出来る。
  • 室町時代→AD1400〜1550年 美濃等では施袖の焼物が既に出来ているが、韓国より青磁器が入ってくる。
  • 安土桃山時代→AD1550〜1600年 織田、豊臣時代で諸外国との交流あり、陶磁器以外にビードロが入ってくる。尤も特徴的なことは文禄・慶長の役、即ち秀吉の朝鮮出兵の時各大名は大勢の陶工達を連れてきて各藩で釜を開いた。この役のことを“やきもの戦争”ともいう。(文禄の役→1592年、慶長の役→1596年)
  • 江戸時代→AD1600〜1886年 磁器誕生。朝鮮人の李三平が項だの泉山で陶石を発見し1616年初めて磁器の生産が開始され、そして各地で陶磁器が生産されるようになる。色絵で有名な柿右衛門はこの有田(伊万里)の人である。1659年(大治2年)、オランダ東インド会社が有田の磁器を大量に買いつけ海外進出の素となる。陶磁器の芸術の発展も素晴らしく、野々村仁清(1660年没)、尾形乾山(1663〜1743年)等を輩出。
  • 明治時代→海外市場の開拓を行う。1867年(慶応3年)パリの万国博覧会へ出展。幕府、薩摩藩、佐賀藩等この時から世界との技術交流が始まり、技術も向上し日本の陶磁器は世界の好評を受け、海外輸出も一例として明治14年には明治5年の158倍ともなった。
  • 大正時代・昭和時代→陶磁器は更に発展し庶民の間にも普及することは勿論、芸術家にも大勢輩出してくる。
 以上、時代を追って整理してみてもかなり複雑で、奈良時代には唐物陶器が入っているし、是は遣隋使、遣唐使の交流の結果であろう。
 室町時代には陶器は貴人達の使用するところであり、庶民は土器、須恵器、木器等が主流であった。
 時代は流れ、安土桃山時代、上述の如く“秀吉”の起こした文禄、慶長の役(やきもの戦争)は日本の陶磁器生産を画期的に変化発展させた。
 各藩は競って窯造りをし、有田・伊万里の磁器製法は全国的に広がっていくのが江戸時代になってからである。
 蕎麦食(そば切り)が発展するのも江戸期であり、蕎麦猪口、そば丼が普及していくのも同時期と考えられる。


↓↓それでは陶磁器類は↓↓

☆土器・・・・・縄文土器、弥生土器、土師器(ろくろを使わない)。
☆陶器・・・・・瀬戸物を中心とした各地の窯で焼かれた一般的なもの。
        「陶器の分類の中に須恵器がある。即ち、低中火度で焼かれた無釉の土器より硬質
        である。5世紀に朝鮮から伝えられた技術をもとに作られた。
        大阪南部に広がる泉北丘陵には大規模な窯跡群が残り、日本書紀にはこの地が陶邑
        (すえむら)と呼ばれていたとある。
☆石器・・・・・鎌倉時代以降、備前や常滑など各地で甕(かめ)、擂鉢の台所用品や農業用の種壷
         がある。
☆磁器・・・・・有田焼、九谷焼が代表的で素焼(陶器では行わない工程で800℃前後で焼く)をした
        あと、下絵づけ、上絵づけとかを施してから施釉をして高温で焼く。
        叩くと金属性の青が出る。



ここで、陶器と磁器の製造工程を施す
(土と炎の歴史を刻む伝統産業 中部地方B 大平出版社 参照)


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陶   器 磁   器
採 土 山や谷で陶土になる粘土層を見つけて採土する。 磁器の場合は粘土でなく砂婆という風化花崗岩を使う。
製 土 陶器を乾燥したあとくだいて、水簸(水中で粘土分を沈殿させる)をしてからよく粘る。 砂婆を細かく粉砕したあと、七の粉末に粘りを与えるため、本節粘土・蛙目(がいろめ)粘土を加えてよくねる。
成 形 ろくろ成形と木型や石こう型を使う成形とがある。 陶器つくりと同じ。
乾 燥 成形のあと、表面の水分がなくなるまで屋内、あと屋外で天日乾燥。 陶器の場合と同じ。
素 焼 陶器では行わない。 陶器ではない工程で、磁器の場合はだいたい薄造りでもろいので、まず800度前後で素焼する。
絵付け 下絵(うわぐすりの下にかく模様)として、褐鉄鉱、コバルト含有鉱物などの金属酸化物を使う。乾燥させた素地に直接筆や刷毛で書く。 下絵付け(陶器と同じ)→藍色を発色する呉須という染料を使う。俗に言う染付焼(白と藍の鮮明)は有名。
上絵付け→赤絵を基調とする場合で再び800度位の低温で焼く。
施 釉 長石の粉、木灰等を調合、水を加えて釉薬として塗る。それを焼くとガラス質の光沢のある地肌となる。 陶器の場合と同じ。
焼 成 1050℃〜1300℃で焼く。 普通磁器→1300℃位
高級食器→1550℃以上
陶磁器といっても、材料、模様、製法に至るまで、土地(国)や時代によって千差万別、まして芸術性等が加わることによって人の価値観も多様であり、ここで述べることなど出来る訳がないが、我々が“蕎麦”を食する時、その配された器、例えば徳利、盃、菜皿、蕎麦猪口等、さてこれは何焼きなのかな、珍しいものが出てきたら店の人にでも尋ねてみて、食事を楽しんでみたら如何でしょうか。器を愛した白州正子氏の随筆等に触れてみるのも一興かと思います。
(後記)
 簡単にまとめてみようと思いましたが、意外と長ページでした。その位陶磁器の種類の多さ、骨董性、芸術性の広さと深さは測り切れないものと感じ、私共では歯のたたない領域です。
 しかし興味をもたれた方は是非範囲を広げてみると面白い世界かと思います。



【参考文献】
  • 日本史小百科「陶器」・・・佐々木達夫著 1991年 東京堂出版
  • 「陶芸」・・・島岡達三著 1998年 NHK趣味入門
  • やきものをつくる 窯の焚き方・つくり方・・・田巻保著 2001年 椛o葉社
  • 日本の名随筆5「陶」・・・白州正子編 1982年梶@作品社
  • 魯山人の愉しみ・・・講談社カルチャーブックス 1997年 講談社
  • 土と炎の歴史をきざむ伝統産業 中部地方B・・・1988年 講談社
  • やきもの鑑賞入門・・・出川直樹著 とんぼの本 1997年 叶V潮社
  • 全国やきもの探し・・・伊崎恭子 1998年 JTB出版
  • 有田・伊万里・唐津(美しい和食器の旅) 1996年 潟潟uロポート



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