2002/10月号

 日本の食文化を分類した中に“そば文化圏とうどん文化圏”があるという。
 歴史上どちらが先かという議論ではなく『うどん素麺』が索餅といわれ奈良朝、平安初期の時代から貴人達にも食され、諸文献や日記にも記述がある。そばについても養老6年(722年)に元正天皇が蕎麦を救荒作物として栽培するように詔勅を出しており、17世紀前後(戦国時代から江戸時代の頃)“そば切”として世に認知され始めた。爾来そば・うどんは日本人の間になくてはならなぬ食べ物となっていった訳だが、農耕技術の発達していない頃は、原料である玄蕎麦、小麦の生産適地が夫々にあってそば文化圏とうどん文化圏というおおまかな分類が出来たと考えられる。

 蕎麦は救荒作物(飢饉の時に備えて蓄える)として寒冷地でも出来る―暖地では収穫量が多い―として北海道、東北、関東北部、長野の冷地で栽培され、現在でも70%近くが収穫されており、この地方をそば文化圏と呼べる。

 一方、うどん文化圏は小麦の産地である。比較的温暖な東山地方に産し、品質・量の多い兵庫・岡山・香川県のものは“三県もの”といわれていて、小麦粉製造メーカーからも評価されていた。即ち、瀬戸内海を挟む地方がうどん類の名産地となり、殊に香川の讃岐は“うどん”のおいしいところで正に“うどん文化圏”である。
 その他に兵庫播州、小豆島の手のべのうどん・そうめんは現在でも国内中で愛好・食されている。小麦は現在世界中かなり広域で播種・栽培されているが、日本の小麦は中力で麺類加工に適している。

 このように小麦及び蕎麦を利用した“つるつる麺文化”は日本独特のものである。
 日本に麺のような水分の多いウエット食が発達したのはなぜなんだろうか?ヨーロッパその他北欧圏の食物は比較的ドライである。
 高温多湿なアジアのモンスーン地帯にこのようなウエット食が好まれるのは不思議である。
 筆者も色々推測してみたが、日本人は多湿な地帯に住み空気中からも湿度を吸収、水も豊富で、いつでも補給できるので唾液の分泌量が乾燥地帯の人よりも少ないのではないか。従って自然と食物もウエットなものが口当たりが良く“そば・うどん”といった麺類も嗜好の高い食品なのだろう。


 夏の暑い日、ワサビのきいたつゆで“ざるそば”をつるつる。ショウガ味をつけたり、ネギ、紫蘇など入れたつゆで食べる冷麦・そうめん。冬の寒い日、七味唐辛子をかけて食する、天ぷらそばや、鍋焼きうどんの味は格別である。山紫水明な土地で四季折々の香辛菜を賞味しながら、“つるつる食”を味わえる日本人として幸せを感ずるのは筆者だけだろうか・・・

 



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