2002/7月号
そばの“つゆ”についてまとめてみたい。
 基本的に食べ物は何らかの味付けをする。江戸で発達した江戸そばの“つゆ”は各種ある中で一方の旗頭であろう。 “つゆ”といっても各地バラバラでそのダシについて、日本三大ダシの素、
昆布・鰹節・いりことあるが、江戸そばは鰹節中心である。従って今回はつゆの素三題は、鰹節(次回砂糖、味淋、それに醤油)について考察する。つゆの作り方は夫々にノウハウがあり、主張もあるのでここでは割愛する。
【鰹節(類)・・・・・サバ節を使うケースあり】

 そもそも鰹は黒潮(暖流)にのって日本の太平洋側を北上する。四国・九州の沿岸側では鰹を追って生活をしてきた。海上で漁をする人が海難に遭って生命を落としたり、異国に漂着したりする。その代表的な人がジョン(中浜)萬次郎である。
 余談はさておき、いつの頃から鰹が“節”となっていたのか。
 鰹節はカツオの身を背割にして湯煮にして度々焙って乾かし、黴(カビ)付を施して、日光に乾かし固めたもの。―広辞苑― 藤村和夫先生の「麺類社氏職必携」−そばしょくにんのこころえ−[潟nート出版]に鰹節の詳しい説明があり整理してみると、

節は、カビをつけた(3回以上)の本枯節(叩くとカチンカチンと鳴る)と、
カビを1〜2回しかつけない水分の多い(30%前後)の荒節という加工上の分類がある。


 荒節は削り節として加工され、主として関東地方で愛用されている。江戸(関東)方面は貯蔵上の問題から青カビを3回以上つけてカチンカチンと叩くと音のする本枯節が普及した。「節」も地方地方で、加工方法の異なったものが使われている。「節」はうまみ成分の『イノシン酸』が含有され、グルタミン酸の醤油と併用されているのが、関東地方の味。京・大阪の関西地方は醤油は薄目で、昆布からのグルタミン酸、イノシン酸をいりこ節から加味させて独特の味を醸し出している。
 「鰹節」を歴史的にみると『日本書紀』には西暦300年頃、景行天皇の自蹟として弓を海に入れると、魚が食いついて放さないので「このかたくなな うおめ」と言われたのが「鰹魚」のはじまりという説がある。
 712年の古事記に鰹は乾かされて貯蔵された習慣があったことが伝えられている。
 8世紀始め、大宝令に「堅魚」「煮堅魚」「堅魚煎汁」が税として納められていたとある。
 1763年「真丈雑記」に乾かして食することが記載されている。
 1695年「本朝図鑑」、1772年「譚海」に鰹節加工法の記述があり、古い時代から乾かして食していたことが判る。
 1615年、大阪冬の陣和議の折、土佐藩主山内忠義が1千本の鰹節を大御所徳川家康に送ったとされて、縁起のいい贈り物にも遣われた。
 この様に遠い昔から食用されていることが判る。又、青カビをつけたり、日光に当たったりして微妙な味が出る自然の恵に驚くばかりである。

※ページ中のかつお節等の写真は、中野区の『丸勝かつおぶし株式会社』様の提供です

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