2002/3月号

 落語は現代のヤング層にはなかなか馴染みがないかもしれませんが、結構楽しいお話です。江戸初期に安采庵策伝(江戸初期の僧で笑話作者・京都誓願寺竹林院の住職)が大名などに滑稽談を聞かせたのが落語のはじめという。身振りの入りの仕方噺から発達(芸能化して江戸、大阪に興降したもので、大学でも落研(オチケン)という同好研究会もある)。
 落語の主人公は貴人もいるが、一般の庶民が多い。大家さんに長屋の住人、大店の主人や使用人達がおもしろ、おかしく活躍する。現在はTVがあって、噺家の手振り、身振りや表情もよく判りますが、一昔も前はラジオから聞こえてくる語り手の声やしわぶき、扇子の擬音から場面を想像して楽しんでいました。


 そんな落語の世界の中でもそばは大きな脇役の一人でした。有名な「時そば」や「そば清」「そばと大名」がある。「時そば」は眼端のきく男の客が夜鳴きそば屋に時刻を「何時(なんどき)だ?」と聴き、そば代金を一文ごまかしてしまう。その間にベラベラおしゃべりをしながら、器やカマボコ、箸の類を褒めまくって結局一文得をする。それを物陰から見ていたドジな男がうまいことしたもんだ。それじゃおいらもやってみようと挑んだが、見事に失敗をしておまけに一文余分に払ってしまう。情況設定がまたおもしろい。

 前者のそば屋は小奇麗で、汁もあつく、箸も割り箸、本当にそばもおいしかったのであろう。ところがドジ男の挑戦したそば屋は、しみたれた屋台で、汁は冷たい、カマボコは薄い、箸は古箸、器も欠けている始末、ドジな上に尋ねた時刻が前者と違っていたことがややこしくなる原因である。フゥーフゥーと息を吹いて汁をさます音、ズズーとそばをかきこむ音が落語特有の擬音で小さん師匠や、柳橋師匠の語り調の特徴を聞き分けるのも一興であろう。「そば清」は余り馴染みが少ないかもしれないが、これも結構おもしろい。


 庶民の楽しみの1つに食べ競争がある。どちらが沢山食べたかで、賭け金を頂戴するという。それに立会人(見物人)を集めてガヤガヤとやる。そば好きの清兵衛が行商に出た途の山中で人を飲み込んだウワバミがとある草を食べるとすっかり腹が平たくなってしまうのを見て、その薬草を懐にして帰ってくる。
 そば喰い競争に大金を賭け「100杯食べる」と宣言して戦に挑む。50杯食べてお腹が満杯になると密かに薬草を飲もうとして「一休み」と言って廊下に出る。清兵衛の戻るのが遅いと心配した仲間達が迎えに行くと、廊下の上に沢山のそばが横たわり、その上に清兵衛の着ていた羽織があった。「ヤヤー清兵衛がいなくてそば≠ェ羽織を着ていらあー」という落である。この話は上方では「蛇含草」という外題でうどんを対象にした展開である。この草は実はそばを溶かすのではなく、人間を溶かす効用があり、草を食べることによって人間すなわち清兵衛自身が溶けてしまったことになる。そば・うどんでなくて、餅でも団子でもいいわけだが、そばが登場することはそれだけ日常的に親しまれていた食物だと欲目にも考えたい。


 「そばと大名」は筆者は聞いたことはないが、なんでもそば打が趣味になっていた殿様が、家来をつかまえてはそばを打ち、それを家来達に食べろ食べろと勧められて、家来達はそばに食傷気味になってしまう話とか。そばをツルツルと食べられ、フーフーといって熱をさます等と擬音も入り、いい落語の出し物の材料になったのであろう。
噺家にいわせるとウドンとそばで擬音が違うとか。

落語のCD等は市販もされているが、最寄の図書館等にも収蔵されているので、ご利用になることをお勧めいたします。