2001/10月号
 手元に一冊の民話集がある。
題は『ましろに咲いたそばん花−そば昔ばなし』(1984・5月初版 (株)柴田書店発行/文 石田としこ/武田てる子/かがわあつこ/絵 梅田俊作他5名/協力 新島繁)

 民話に加えてそば及びそばを取り巻く発祥から歴史、調理メニュー、各地のそばの催し事が判りやすく書いてあります。作家の方々がどのようにして民話を収集したか、いつの頃から語り継がれているのか、まだまだ沢山あるのか興味のあるところですが、それは別に譲るとして、ここで取り上げるのは昔話−民話です。各地に伝承され民話のユニークさ、そばに対しての昔の人々の思い等を考えてみたい。以下そのいくつかをご紹介しよう。

第一話 日向(宮崎県)の民話 

第三話 ましろに咲いたそばん花(熊本県)

第五話 おそまきそばくえたかの(山口県) 

第二話 山鳩になったわらし(青森県)

第四話 ねほれたやまんば(愛知県)
 
第六話 そばがきくった地蔵さま(山形県)
◆第一話   日向(宮崎県)の民話

 むかし、むかし、あるところにひとりの継母がいました。2人の子は、兄は継子、弟は実の子。兄には「そば」しか与えず、弟にはご飯を食べさせていました。ある日、川を渡って寺子屋へ行く時、弟は寒くて凍え死んでしまい、兄は無事で戻りました。・・・・・
 この話は継子いじめをするなということと、米よりもそばの方が栄養によいという教え。

◆第二話   山鳩になったわらし(青森県)(文・石田とし子)

 冷害で作物が育たず、ててが山で蕎麦畑を耕しに行って帰ってこない。
それを迎えにわらしが途中で道草をして、畑に着くとてては土の中に顔を突っ込んで倒れていた。わらしは号泣し、とうとう血を吐いて死んでしまった。わらしは鳥になって空を飛び、ててを探しつづけているという。結びにこうある。
 ●蕎麦の実が、三角なのはな、あっぱ(母)がせづねえ涙を流しながら、蒔いだへで。
 ●蕎麦を打つときはな、たます取って(ててとわらしの魂)粉にせねば、はらっこ痛むじ。
  そやて、蕎麦のたますで枕をこせえれば良ぐ眠れて丈夫ねなるじ。

 最初読み始めて、ててもわらしも冷害で楽しみにしていた蕎麦を食べることもできず命を落とす−余りの悲劇に読み進むことができなくなっていたが、今読んでみると飢饉に苦しむ民が、蕎麦が育って紅色の茎が大きくなるのを見て、恵みに感謝して粉にし、蕎麦を打つ時も、飢えて死んだ大勢の人たちの魂を鎮めねばおなかがいたくなるよという。
蕎麦種子の異常に三角なのは涙で削られたためで、無事に育てよと祈るような気持ちで播いていたのと思われる。


◆第三話   ましろに咲いたそばん花(熊本県)(文・武田てる子)

 むかしなあ、キリシタンご禁制のころの話じゃったよ。キリシタンの宣教師たちやあ、つぎつぎ殺されるし、信者達やあ火あぶり。−中略−

 秋のはじめのころじゃったと。よか天気の日じゃった。天草下島の崖の上の畑で、百姓の松吉はおっかあと一緒に、そばん種まいとった。−中略−
 そこへ役人に追われるキリシタン達が現れ、見逃してくれと哀願される。松吉達は覚悟を決めて崖の下に隠れたことを見逃しました。
 すると−あたりが急に暗くなり、不思議なことにそばん種が一斉に芽を出し、大きくなって茎が紅くなり、まっしろか花ん一面に咲かせたよ。そこへ追っ手の役人には向こうの方へ行ったと崖の下のことを告げませんでした。
 二人にはキリシタンが命とひきかえに神さん守るという訳が判りました。「キリシタンの神さんは、われらがまさかのときにやあ、ほんまにお助けくださるんじゃ。ありがたか神さんじゃのう」この話が村から村へ伝わり信者になるものは後を絶たなかったという。
 島原に「そばとキリシタン」がこんな形で伝承されていて、蕎麦は農民達の生活の中の大きな部分を占めていて、紅い茎と白い花は心の支えであったかもしれない。


◆第四話   ねほれたやまんば(愛知県)

 人々を苦しめていた山姥が、ひょんなことで馬子に釜の中に閉じ込められて、血にふって蕎麦畑を火のように染めたという話。


◆第五話   おそまきそばくえたかの(山口県)

 童と老人が蕎麦の成長を楽しみにしている話


◆第六話   そばがきくった地蔵さま(山形県)(文・武田てる子)

 そばがきを口中につけてまっしろになって、老人が地蔵さまと間違えられ、猿達からお供(銭)を貰う話。



悲しい話からユーモラスな話、日本全国、貧しかった人々の間で蕎麦は想いの沢山ある食べ物で、紅い茎、白い花はいつも瞼に浮かびながら収穫を楽しみにしていた様がよく伝わってくる話だと思います。

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